第1部 
第4章  ホークス2代目監督に田淵氏

ホークスの2年目は、アピールの年といっても良いだろう。初代監督の杉浦氏に代わり福岡のファンには知名度の高い田淵氏を招いた。

 田淵氏は東京6大学の天才スラッガーとして法政大学時代に通産22ホーマーを記録。昭和44年に阪神タイガースに入団、打率2割2分6厘ながら22HRを放ち新人王を獲得。その後もホームランを量産するが世界のホームラン王、王貞治氏に幾度も阻まれホームラン王は75年の1度きりであるが、彼のホームランは、非常に滞空時間が長く虹のように美しいと絶賛された選手だった。その後、79年に西武ライオンズに移籍し福岡のファンにも非常に人気があった。

 田淵監督の最初の大仕事といえば89年オフのドラフト会議である。この年の目玉といえば今やメジャーリーガーとなった野茂投手であった。もちろん重複指名となりくじ引きとなったが、交渉権は得られず、はずれ1位という形で上宮高校の元木内野手(現巨人)の指名となった。ここから田淵監督の苦悩の日々が始まるわけで、元木選手はダイエー入りを拒否したことは有名な話である。

 とにもかくにも、90年の2月1日沖縄の読谷村キャンプでホークス2年目がスタートしたわけである

 

 

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