第1部 
第1章  福岡ダイエーホークス誕生

 1989年、1月19日福岡にあの野武士軍団西鉄ライオンズ以来の念願のプロ野球球団がやってきた。『福岡ダイエーホークス』の誕生であった。福岡市民のいや、九州の人々の夢がかなった瞬間である。エメラルドグリーンのブレザーに身を包んだ選手達が初代監督杉浦忠さんを先頭に飛行機から降りてきた瞬間を今でもとても鮮明に覚えている。

 早速ホークスは、この記念すべきダイエーとしての初めてのシーズンに向けて始動を開始する。2月1日福岡県福間町の福岡厚生年金スポーツセンターで第一次キャンプを、2月7日からハワイのカウアイ島ビディオ球場で第二次キャンプと各選手オープン戦に向けて調整をしていた。

 そして、福岡ダイエーホークスの初戦は3月5日の平和台球場で行われた藤田監督率いる読売ジャイアンツであった。(前日の近鉄戦が雨で流れたためこの日が初戦となった。)ちなみにこの日も雨でした。まだこの時点でホークスファンというのはまばらで、ファンの多くはホークスを応援するというよりは、野球を楽しむという方が多かったように思われる。

 実際、福岡では球団がないときでも野球人気は根強く残っていて平和台球場では西鉄の流れで、西武ライオンズの試合が数多く行われていて(平和台はライオンズの準フランチャイズであった。)それなりに盛り上がっていた。だから、当時福岡にはライオンズファンが多かった。(この流れでホークスがやって来た時でも、すぐにホークスを応援するというファンは少なく実際初年度の西武VSダイエーは平和台のファンの数は半々という感じだった。)

 そして、福岡ダイエーホークスは1989年度ペナントレースへと突入していく。

 

SEO ギフト 掲示板 レンタルサーバー ブログ SEO